杭州市には龍門古鎮とは別に孫権の故郷とされる場所があります。孫権を祀る廟や古い石碑が残る田舎の村ですが、こちらは観光地化が進んでおらず、また風情があります。
龍門古鎮から車を探す
龍門古鎮(孫権故里)の前の食堂で昼ごはんを済ませてもうひとつの孫権故里へ行くためタクシーを探すも、全くつかまらない…。同行の現地ガイド氏が食堂の兄ちゃんと交渉して場所を知っている知り合いを呼んでくれることになりました。しばらくしてやってきたのは日本でいう軽4のボロイ車。運転するのはおっさん。ガイドとともにおっさんの車に乗り、もうひとつの孫権故里へ向かいます。
田舎道を走ること20分くらいでしょうか。農村にあった孫権を祀る廟。鍵が閉まっており、中を見ることはできませんでした、遺跡あるあるですね、残念。
孫権像。「呉大帝孫権」と台座に金文字が書かれている。佇まいも立派な孫権像。廟の前に鎮座しています。
孫権像と廟の敷地の横に孫権故里の石碑と資料館のようなものが建設中でした。資料館はまだ中は空っぽの様子。これから開館するんでしょうかね。4階建とはずいぶん立派です。しかしこんなド田舎にこんな立派な資料館…誰も来なくてすぐに閉館してしまいそうで開館前から心配になってしまいます。
村に残された石碑や伝説
孫権像の他にも三国志関連の石碑があるはずなので周囲を探してみる、が当てもなく探すわけにはいかないので畑で農作業をしていたおっさんに声をかけてみました。おっさんは手を止めて案内してくれました。道中、おっさんがこの道は日中戦争で日軍が行進していたんだとやや興奮気味に語り、今、日本とは仲良くするべきだよ。と言っているらしい、のを通訳で聞きました。ちょっとドッキリ。中国を旅するときにはこのような話題になることもあると心得ておかなければ。
孫権像から農村の道を歩いて3分ほどで3つの石碑がありました。真ん中意外はすり減って何が書いてあるのか読めない…。真ん中のは瓜という文字が見えるので孫権のおじいさんの逸話に関係するのだろう。整備されていない空き地に建っています。そのうち撤去されないかちょっと心配であります(こんなのばっかり)
3つの石碑を通り過ぎると、田んぼの中に瓜畑の跡地の記念碑がありました。
-孫権の祖父にあたる孫鍾は瓜を売って生計を立てていた。あるとき、瓜が欲しいと3人の少年がやってきた。孫鍾は少年たちに瓜をやった。少年たちは瓜を食べ終えたとき、孫鍾の子孫が天下を手にすると予言した。孫権は呉の皇帝となった。ー
この逸話が石碑の背面に書かれていました。瓜畑ではなく今は田んぼというのも面白いですね。
もう一か所、石碑を探しに行きます。ちょっとだけ距離があるというので案内してくれる農家のおっさんも車に乗り込みます。ガイドのおっさんと、知らない運転手のおっさんと、農家のおっさんの3人のおっさんと共に孫権故里の石碑を探しに行きます。石碑はこの道の先にあるそうです。
田んぼの向こうに東屋が見えます。
田んぼのあぜ道を進み、見つけました!!孫権故里の石碑。こちらの孫権故里は農村の廟と石造と石碑、つくりかけの資料館といったなんとも田舎の三国志遺跡という感じでした。農家のおっさんによればこっちが本物の孫権故里なんだよ、ということでした。孫権が郷里の人に愛されているのは嬉しいことですね。個人的にはこちらの孫権故里の方が素朴で好きです。
孫呉の武将像が並ぶ東呉文化公園
農家のおっさんにお礼を言ってお別れし、近くにある東呉文化公園へ。ここでドライバーのおっさんともお別れです。東呉文化公園は割と街中にあって、車通りも多く公園の前にはバス停がありました。
ここは三国志テーマ公園となっており、なにより呉推しということで郷里のパワーを感じます。呉の人物の像が並ぶこの廟は孫呉ファン感涙モノです。孫堅、孫策、孫権像や文官、武官の立派な像が並んでいます。
公園は敷地が広く、小山も含めてすべて散策するには2時間くらいは欲しいところでしょうか。山の遊歩道にも三国志っぽいスポットがあるようでしたが、今回は時間が無くてまたの楽しみにしたいと思います。
いろんなおっさんの力を借りて無事に孫権故里を見つけられたのは良かったです。田舎の遺跡は現地の人の力を借りないと難しいですね。今回ガイド氏が良く仕事をしてくれたので幸運でした。食堂でも知っている人がおらず、到達できないかと思ったのですが、粘り強く交渉してくれたおかげです。感謝!!
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