湖北省にある荊州は三国志における重要な軍事拠点でした。2016年7月に高さ58メートル、総重量1200トン以上の巨大関羽像が築かれました。当時の写真を紹介します。
劉備、孫権因縁の地 荊州
2016年9月、当時巨大関羽像のニュースは日本のネットニュースでも話題になっていました。三国志적要所でもある荊州を訪問したいと思っており、よい機会と見学に訪れました。
荊州は魏・呉・蜀の中間地点に位置しており、重要な拠点でした。劉備は益州を手に入れるまでという条件で孫権から借り受けた荊州を返すことなく、そのまま関羽に治めさせました。荊州を奪われた孫権は呂蒙・陸遜に命じて関羽を攻撃、関羽は麦城まで逃げ延びたが、捕らえられて斬首されます。
劉備と孫権の因縁の地でもある荊州ですが、今もって人民に敬愛される関羽が治めていたということで、関羽に関する史跡が多く残っている場所でもあります。
2021年9月移転作業が始まる
関羽像の移転作業が始まったのは2021年9月初頭。日本でもネットニュースで像の解体と破格の無駄遣い(建築と移転で総額約50億円以上!)と話題になった。中国のニュース記事では2020年には歴史的景観を損ねる違法建築であり、荊州の歴史的な脈絡を歪めているという理由からすでに解体と移転作業は決まっていたようです。
実際に移転作業が始まってみると首からの解体になり、なかなかシュールな趣がありました。頭部を失った関羽像を見たネット民たちが、「関羽が再び荊州で斬首された」と皮肉っていた記事も。
写真は2016年当時の像。人間との比較でどれほど大きいかが分かりますね。
関羽を記念するテーマパーク
2016年の訪問当時の写真を紹介します。
高速鉄道荊州駅を降りて、タクシーで15分程度の場所に関羽像が建っているということでした。当時、タクシーの運ちゃんに建設されたばかりの関羽像を日本から見に来たことに驚かれたのを覚えています。
関羽像は荊州古城という歴史地区の近くにあり、当時、像の足元には関公義園という関羽テーマパークも建設中でした。建設中なのに門票をしっかり徴収され、製作過程を見せられたのは衝撃的な思い出です。今は完成しているはずですが、関羽像移転の後はどうなるのでしょうね。
絶賛工事中の関聖宮。巨大関羽像の脇にあります。財神でもある関羽の金ぴかの像が鎮座しています。このあと周囲をデコレーションしていくのでしょう。
関羽像の足元の建物にも何やら展示の準備が進んでいたのですが、訪問当時は空っぽ。こんな状態で門票を取って入場させるという豪気さは大陸気質なのか・・・と唖然としたのを覚えている。
荊州古城の城壁巡り
関羽像の近くには荊州古城があります。城壁は明・清の時代に建て直されたものだそうです。街を囲む石の城壁は圧巻。涼しい日陰で楽器の練習をしていました。中国らしい風景。荊州は関帝廟や関羽ゆかりのスポットが多く残っています。
丸い石橋はヨーロッパを思わせます。荊州の街は美しい。城壁の内外を車が往来する様子は古い町並で見られる趣深い情景です。
川沿いに佇む巨大な関羽像。景観を損なうと言われるほどの存在感が確かにあります。この立地、とても素晴らしかったのですが、見納めとなってしまったのは残念です。
荊州城壁の上にあった三国武将の像。荊州は関羽が治めた蜀の地であり、蜀の武将が並んでいました。孫呉もフィーチャーして欲しいところですが、この感じだとアウェイ感が半端ないです。しかしみんな色黒いのは何故だろう。
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