八斗鎮の曹植衣冠塚・曹植井

合肥郊外の八斗鎮という村には曹植衣冠塚があります。近年、衣冠塚はリニューアルされ、曹植の像も村の交差点に建てられました。曹植で町おこし、成功させてほしいです。

文才豊かな曹操の子、曹植

曹植は字を子建という。曹操の子で曹丕の弟にあたる。文章を綴ることに長けており、曹操が曹植に「人に頼んだのか?」と尋ねると、「言葉が口をついて出れば議論となり、筆をおろせば文章となります。どうして人に頼みましょう」と答えた。鄴の銅雀台が完成したとき、曹操は子たちにそれぞれ詩を詠ませた。曹植が一番優れていた。

曹操はその才能を愛し、曹植をかわいがった。一時は後継ぎにとも考えていたが、おおらかで酒癖が悪い曹植は太子になることができなかった。その後も命を奪われることはなかったものの、皇帝となった兄の曹丕に冷遇され、失意のうちに41歳で病死する。

曹植衣冠塚へのアクセスー肥東県八斗鎮へ

曹植の衣冠塚は八斗鎮という村にあるそうです。領土を転々をさせられていた曹植の治めた土地のひとつです。中国ドラマ「軍師連盟」を観て曹植にも俄然興味が湧いたので訪問したいと思い立ちました。

八斗鎮、百度地図などで確認してバスを乗り継いで行けそうではありました。直行便がどう探してもないので、中継地点で乗換が必要です。田舎と思われるため、一人で行って帰れなくなったら目も当てられないので、同行してもらえる現地ガイド(日本語ガイドが高かったのでケチって中国語ガイド)を依頼しました。

当日、ガイド氏にこの路線で行けそうなんだけど、と相談したところ「めんどうだし、時間がかかるから車出すわ!」って…そ、そういうことじゃなかったんだけど、と思いながらもうショートカットでお願いすることにしました。タクシーで往復する見積もりより安いしチャーター車ってことで楽は楽。アクセスの手掛かりにならなくてすみません…。バスでも行けるんですよ。

実のとろ、合肥市街地から八斗鎮へ、約1時間のドライブで到着しました。バスだと1時間30分かかるのでまあ、良かったですよ。中国語ガイドだけど、英語が得意でなんとなくカタコト英語で会話しながらここまでやってきました。


やっぱり田舎街です。思ったより雑然としていなくてこぎれいな印象。この辺は曹植効果で観光地化しようとしているのか、時代がかった新築の建物を建造中でした。

街中では曹植を記念した「才高八斗」ののぼりが。優れた才能がある、という意味だそうです。

村の交差点に白亜の曹植像がありました。周囲に高い建物が無いので目立ちます。これだけシンボル的存在になっているのであれば村人に聞けば必ず分かりますね。三国志遺跡あるあるで、近くの人民も知らないなんてことは無さそうです。

手には竹簡を持ち、りりしい姿です。
なぜかここでガイド氏が像と一緒に写真を撮ってとスマホを手渡してきました。いや逆それ。

囲いには曹植の詩が彫刻されていました。新しいといってもややすすけた感じはありますが、気合が入っていることは確かです。曹植は三国時代の詩人の中でも一番有名ですしね。

曹植衣冠塚

イケメソな曹植像を後にして、衣冠塚へ向かいましょう。近くの人民おっさんに場所を訪ねると、像のある通りを入っていったところにあるそうです。

歩けない距離ではなかったのですが、車で向かいます。中国にある観光地系の茶色の看板を見つけました。しかし、派手に道路工事をしていますね。

矢印の方向へ向かって進こと350メートルほどで曹植衣冠塚を発見!!新しく、とてもきれいに整えられています。

封土に豆が植えられていました。これは七歩詩を意味しているのでしょうか。別に豆が好きなわけではなかったと思いますが、思わず「豆だな…」としみじみ呟いてしまいました。

七歩詩は曹植が曹丕に7歩歩くうちに詩を作れと言われ、見事7歩のうちに詩を詠んだという逸話から。豆と豆を燃やすために燃やす豆がらを兄弟に例え、同じ根(親)から生まれたのにどうしてそういじめるのか(超意訳)という詩で、それを聞いた曹丕は涙を流したという。この詩の出来が微妙で、本当に曹植のものか疑問が残るという説もあります。

ちゃんと説明看板もありました。衣冠塚の周囲は畑で一応遊歩道も整備されていましたが、わざわざ遊歩道を歩きに来る人がいるのか疑問です…。

曹植の造った井戸、曹植井

また村の中心部へ戻り、曹植がこの地に駐屯していたときに造った井戸を探します。この井戸も人民に聞いたらすぐに教えてもらえました。住宅街へ入っていくので聞かないと見つけにくいです。

井戸は民家の前に残されており、鉄格子でカバーされていました。本来はもう一つ穴があったそうですが、それは今は無いとのこと。両眼井と書いてあります。

民家の庭をちょっと覗いていました。鶏がでかいんです。さすが大陸。

井戸のある通りの壁に人民が頑張って書いた曹植のイラストつきの物語がいくつか掲げられていました。中でも七歩詩が…

曹丕は態度悪すぎるだろう。人民に曹丕がどのような評価をされているか良くわかるイラストですね。曹植は目がきらきらのイケメソに描かれています。


余談ですが、こんな曹丕と曹植ですが「軍師連盟」を観たら俄然曹丕に肩入れしたくなります。ある意味画期的なドラマでした。

村の通り。子建路と名前がついており、看板があったのですが、木の枝に完全に隠れており写真撮れず…道路そのものを写真に収めてきました。のどかな村です。舗装もちゃんとしていてきれいですね。

合肥市街地に戻ってガイド氏オススメの四川料理の店へ。口水鶏。よだれ鶏と呼ばれています。四川風なのでピリ辛。骨ごとぶった切って出されるのが中国風。

水餃子。すごい量です。

ガイド氏オススメの魚料理。味つけもよく、身も新鮮なのですがやはり川魚独特の泥臭さが…。海の魚を食べ付けている日本人にはクセがあります。

ピータン豆腐。ピータンがふんだんに入っています。豆腐も絹ごしみたいな歯触りで美味しかったです。この調味料、どこで食べっても美味しいんですよね。あっさりしてるし、あれば注文してしまいます。この後は合肥新城へ向かいます。

合肥旅

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逍遥津の戦いの舞台、合肥を訪問しました。張遼像の立つ逍遥津公園、張遼墓、張遼衣冠塚、李典墓、周瑜墓、曹操教弩台、合肥新城など魏と孫呉ゆかりの地を紹介。行きがけの地味なハプニング模様が最初からクライマックス。

2016年の旅行記です。