曹操に才能を愛された軍師、郭嘉
郭嘉(字は奉孝)は潁川郡陽翟県の生まれで、魏の曹操に仕えた軍師。袁紹に会うも優柔不断で決断力に欠けることを見抜いて失望し、荀彧の勧めで曹操に仕えることになりました。
曹操が苦戦した呂布との戦いでは、水攻めを進言して勝利に導きました。劉備の本質を見抜き、曹操に討伐を進言した先見の明もありました。また、官渡の戦いの後に袁紹の息子たちが仲違いして後継者争いをすることを予見しました。
烏桓征伐では曹操に「兵は神速を貴ぶ」と進言し、軽騎兵での進軍を行いました。曹操は烏桓討伐に成功。郭嘉は柳城からの帰還の最中に病死。38歳の若さでした。曹操が赤壁の戦いで敗走した際には「もし郭嘉がいてくれたら、こんな負け方をしなかった」と言わしめました。
三国志ゲームでも人気が高い郭嘉。イケメンにデザインされることが多いですね。
郭嘉故里での出会い
郭嘉の故郷、河南省禹州市郭连镇は許昌の北西に位置します。現地ガイドさんにタクシーで連れていってもらいました。村はまさにザ・中国の田舎です。当時は特に案内看板もなく、かつて訪れた三国志遺跡ハンターの写真を参考に廟を探しました。
ありました。村のメインストリート沿いにあるバラックのような建物です。ちゃんと線香立てがあって廟だとわかります。扉には鍵がかかっており、せっかくここまで来たのに、とがっかり。田舎の三国志遺跡で観光地化されていない場所は施錠されていることが多いです。
諦めきれずに周辺を彷徨いていると、おじさんが声をかけてきました。なんと、廟の管理人だそうで、思わぬラッキーに感激。管理人も郭姓でこの辺りの人たちはほとんど郭さんらしいです。もしかしたら遠い子孫かもしれませんね。
鍵を開けてもらい、廟の見学をすることができました。見学は絶望的と思っていたので嬉しすぎます。中には道教の神様かな?たちも祀られていました。
手作り感のある郭嘉像。小さいですがすごく愛情を感じます。隣に扇風機や石碑があるのはご愛敬。素朴な廟ですがとても大事にされていることを感じました。
管理人さんが自宅へ案内してくれました。もうこれはガイドさんのおかげです。こちらは昔村の入り口にあった石碑一部だとか。貴重すぎる。
管理人さんが手描きした昔の村の地図を見せてくれました。ありがたい心遣いに感動しました。郭嘉ゆかりの地を訪ねてやってくるのは台湾からの訪問客が多いそうです。日本からもこうして来てくれるのはいいことだ、と言われていたそうです(ガイドさん訳)
中国語が話せたらこういうときにいろいろ聞けるのに、と悔やまれます。未だに挨拶に毛が生えた程度しかできないのですが、この気持ちはずっと持ち続けています。
郭嘉故里の近くで食堂飯
ガイドさんと田舎食堂飯。肉と豆もやしの炒め物。まったくもってすごい量です。たまごとトマトのスープも二人しかいないのに洗面器一杯持ってきてくれました。中国の田舎飯、辛すぎるとか味が濃いとか厳しいこともありますが、美味しいところにありつけると嬉しいですね。
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2017年発行の同人誌。訪問時とは情勢や遺跡の状況が異なります。当時の旅の記録としてお楽しみください。
【訪問史跡】
曹魏の都、許昌・鄴を巡る旅。曹操の墓とされる曹操高陵、銅雀台の土台が残る鄴城遺址、鄴城博物館。鍾繇ゆかりの地で鍾会・鍾繇墓参りや今も郭姓の人々が暮らす郭嘉故里。








